初めましてはっしーです。
まずザックリと
このブログで学べることを書いておきます。
能力も金も人脈もない人が、
0から3ヶ月で毎月20万を稼ぐ方法
サラリーマンでどれだけ忙しくても、
最短最速で効率良く収益化する秘訣
お金・時間・人からのしがらみから
100%解放される生き方
好きなことを仕事にする方法
などなど、
あなたが頭に思い描いたことを全て実現する方法
をお伝えしていきます。
ぼくは22歳のときにネットビジネスを始め、
そこからずっと1本で生活しています。
ありがたいことに、月に100万〜200万の
入金があるのも当たり前になりました。
ネットビジネスを始めたおかげで、
就職もせず自由気ままに生きています。
「はいはいよくおるやつねw」
と思われるかもしれませんが、
もうちょっとだけ読み進めてみてください。
あなたの人生にとって
きっと役立つ話ができるので・・・!
と、その前にぼくのことを知らないと
話を聞く気にもならないともうので、
これまでの経緯を軽く話します。
過剰書きでまとめるとこんな感じです。
・就職3ヶ月前に会社の内定を辞退して
独立するという暴挙に出る
・ビジネスを始めた月に出会い系アフィリで30万稼ぐ
・開始3ヶ月目に月収100万を超える
・あるネットワークビジネスで日本2位になる
・友人にビジネスを教え月収100万突破させる
・暇すぎてカジノVIPで旅行に行く
・暇すぎてハワイの大学に留学に行く
・趣味は読書、映画、アニメ、漫画などなど
こんな感じです。
書いてないのもありますけど、
それなりに色々経験してきたなと思います。
こういうことを話すと、
「うさんくさいねん」と感じると思います。
実際ぼくもそう思っちゃうし、
月収とかそういう話するのもかなり抵抗があります。
でももうちょっとぼくのことを知ってもらうと、
まともだとわかってもらえると信じています。
それにまさかぼくも、
こんなうまくいくとは想像してませんでした。
人生はなんのキッカケで変わるか、
わからないもんです。
最後まで読んでもらえると、
ぼくが特別だったわけじゃなくて、
あなたにも再現できる、
という確信を持ってもらえるはずです。
さて、ぼくの人生で
大切にしてるテーマがあります。
それを語るにためにも、
ちょっとぼくの昔話に付き合ってください・・・。
強烈に不自由だった学生時代
ぼくの親はDV気質だったので
割と辛い幼少期を送ってきました。
幼少時代
ボクシングの練習するぞと
いってボコられたり、
話すとき目を逸らしたという理由で
朝までどなられ正座で泣きながら謝る毎日です。
幼稚園や小学生のときは
自分が悪い子なんだと思っていました。
怒らせた自分が悪いんや、、と。
親と話す時はなぜか声が裏返りました。
普通に話せないんです。
怖くて勝手に震えてしまう。
これは18歳になるまで直りませんでした。
そんな家庭で育ったから、
ぼくは人一倍、人見知りで内気な子どもでした。
小学生の頃は人と話すのが
怖くて図書室に逃げ込みました。
友達ができなくて、
休み時間は職員室で先生と話すのが日課です。
同級生がサッカーしたり
ドッジボールをして楽しそうにしてるのを
職員室の窓から眺めていました。
「ぼくも友達ほしいな。。」
でも友達がいないことより
家にいる方が辛かったので、
職員室にいる時間は好きでした。
図書館と職員室は
唯一、心が落ち着く空間だったんです。
家に帰れば父の怒鳴り声と、
母のすすり泣きが聞こえてきます。
ぼくはいつも布団にくるまって
両手で耳を塞いでいました。
独裁国家のようなこの家庭では
親の言うことは絶対です。
門限が決まっていて、
1分でも過ぎれば父が喚き散らし、
相槌で「うん」と答えれば、
「はい!って答えろや!」と言って怒鳴られる。
もう何してもキレられるので、
頭の中では常に怒られない返答を
シュミレーションしていました。
そんな感じなので、
子供らしく親に甘えることなんてできず。
欲しかったおもちゃや
お菓子をねだることもできません。
「とにかく怒られないようにしよう」
ぼくは親の機嫌を
取るためだけに生きていました。
そういえば人生で一度だけ、
親にお願いしたことがあります。
小学5年生のとき、
「少年野球してみたい!」
と父に勇気を出して言ってみました。
同級生はそろばんや習字、
サッカーやら野球をしています。
みんな他校に友達がいたり、
得意なことがあったり、
すごくキラキラして見えたんですよね。
それにぼくは友達がいなかったので、
「野球を始めたら友達ができるかも!」
そんな淡い期待もありました。
でもぼくの人生で初めてのお願いは
あっけなく却下されます。
特に理由はありません。
「あかんで」と
一言いわれただけでした。
その日は泣きました。
勝手に頭の中で、
野球を初めて陽気になったぼくを
何度も何度もイメージしてました。
もし野球がうまくなって活躍できたら
お父さんに褒めてもらえるかもしれない。
同級生のみんなも仲良くしてくれるかも。
これで何かが変わるぞ、とワクワクしてた分、
落ちこみました。
そしてもう期待することを諦めました。
一度も反抗したことのない
操り人形のような子ども時代でした。。
青年時代
高校生になると、
不自由感がさらに増しました。
家では相変わらず怒鳴られたり
ボクシングの練習と言って殴られます。
テスト勉強しようと思っても
パンチが飛んでくるので
とても勉強できる環境じゃありません。
それは相変わらず辛かったですが、
周りと比べるともっと辛くなりました。
高校生にもなると
みんな一気に自由になります。
友達の家に泊まりに行ったり、
遅くまで外で遊んだり、バイトを始めたり、
一気に大人になる時期ですよね。
でも、ぼくの家は相変わらずでした。
部活に入ろうにも
バイトをしようにも
門限があるからできません。
だからといって、
お小遣いをもらえるわけでもなく。
ご飯代に1日500円渡されるだけでした。
遊ぶお金は全くないので、
学校と家を往復するだけの
クソつまらない毎日を過ごしてました。
何かあると、
「学費払わんぞ」
と脅されていたので親の言いなりのまま。。
学校終わったら
友達とちょっとダベって帰る、
その繰り返しです。
鳥籠の中で囚われてる感じがしました。
みんなすごく自由に見えたなー。
普通に部活して、
普通にアルバイトして、
普通に友達と遊ぶ。
みんなにとって当たり前のことが
ぼくにとっては憧れでした。
「自由になりたい」
何度そう思ったかわかりません。
家から逃亡して、
どこか遠い地に行ってしまおうか。
本気で何度も何度も考えました。
話したらキリないですが、
身の危険を感じるくらいヤバい家でした笑
(メルマガで話してますが、
お姉ちゃんは実際にバイクで家出して
そのまま家と絶縁しました。)
そしてぼくは早く就職したいと
思うようになりました。
金銭的に自立して、
家から遠いところで働けば自由になれる。
就職して働くのが楽しみで楽しみで
ずっと自立した後の自分を妄想していました。
教育実習で感じた社会人の実態
大学生になったぼくは
教員を目指すことにしました。
公務員=安定だと思っていたし、
何より教育事業に興味があったからです。
強烈に自由を欲していたぼくは、
自立できることを楽しみにしていました。
「はぁ。これで何も気にせず生きていける。。」
と能天気に考えてたものの、
教育実習に行って絶望しました。
自分の未来が見えたんですよね。
教育実習で母校に行ったときです。
そこで見たのは劣悪な職場環境でした。
朝の6時に学校に行って
職員室の掃除をする。
そこから担当科目の授業をして、
夕方からは部活の面倒を見る。
夜は職員室に残って授業を作り。
21時ころに帰って、
テストの採点や学級日誌をつける。
土日も部活に駆り出され、
モンスターペアレントに謝り、
生徒からも舐められ。。
先生たちはみんな
こんな毎日を送っていました。
ぼくがお世話になった先生は、
「俺去年休んだの3日だけやわー。ハハハ」
と言ってましたけど、
ぼくは全く笑えませんでした。
その先生は京大卒で、
ぼくが高校生のときにお世話になった人です。
まだ20代だった先生とは、
ぼくにとって兄貴のような感じで、
いつも気楽に話し合う関係です。
ぼくは教師の卵として、
恩師との再会を喜んでいました。
「学生のときとは違った視点で
先生と語りたい!」と密かに思っていたから。
でも、2人でご飯を食べにいったとき、
先生はポロポロと愚痴をこぼしました。
「おれ全く経験ないのに
野球部の監督にされちゃってんなぁ。。」
「教頭の権力強くてさ、断れへんかってん。」
「新婚で子どもも産まれたばっかやのに、
子どもの顔は寝顔しか見れてないわ」
「嫁さんも俺が育児できんからストレスたまってて
離婚の危機やねん。。ハハハ。。。」
先生が精一杯明るく話そうとするほど、
ぼくの胸は痛みました。
何も言葉をかけられなかった。。
そして先生は最後に
こんなことを言いました、
「今のお前にこんなこと言うのは
教師として失格かもしれんけど言っとくわ」
「将来のこと、しぬほど考えろ」
「どんだけ辛くても後悔せんと思える仕事を選んでくれ」
ぼくはこれまで漠然と、
・公務員になれば世間的な印象もいい
・安定してる
・なんとなく憧れる
という気持ちで
教員になろうとしていました。
でも、このとき初めて
ある疑念が頭から離れなくなりました。
「あれ、一生自由になれんくね?」
親に縛られるのが嫌で、
自立すれば自由になれると思ってた。
でも、社会人になったって
たいした変わらんのじゃないか。
これまで親の言いなりだったのが、
上司や会社の言いなりになるだけ。
これまでお金なかったのが、
月数万の飲み代やゲーム代に回せるだけ。
そして社会人になって失う自由な時間。。
そんな不自由なまま60代になるまで働いて
死んでくだけの生活か・・・
色んなことチャレンジしたり、
自由な場所に住んだり、
時間を気にせずいろんなとこ行ったり、
お金を気にせず遊んだり、
こういう自由って、
一生手に入らないじゃないか・・・。
ぼくはこの先の生き方を
死ぬほど悩むようになりました。
先生はひょっとしたら、
「お前は教師にならんほうが幸せなんじゃない?」
と思ってああ言ってくれてたのかもしれません。
仲が良かったからこそ
お節介してくれたのかもですが、
そのおかげで立ち止まることができました。
でも、自由に生きると言ったって、
自分は何もできないじゃないか。
教師にならなかったとしても、
自由じゃないのはどこも同じだ。
せいぜい、給料がちょっと高いとか、
休日数がちょっと多いとか
そんな”制限付きの自由”。
ぼくが求めてるのはそんな
誰かに規定された自由じゃない。
人生の100%を自分でコントロールできる自由だ。
関わる人も使う時間も
働く場所も使えるお金も、
全て自分の思い通りの自由。
そのためには根本的に、
”労働”以外の働き方を探さないといけない。
そして調べると
アッサリとその生き方が出てきました。
自由すぎるネット起業との出会い
「就職したくない」
とネットで検索すると、
「就職せずにネットで月1億円稼いだ話」
といういかにも胡散臭い
ブログ記事が出てきました。
「なーんな詐欺かよw」
と思った反面、
「まぁ見るだけ見てみるか」と
催眠術にかかったように
そのブログ記事に目が奪われました。
正直、目から鱗でした。
にわかに信じられないという気持ちと、
「もしこれが本当なら
まさにこんな生き方を探してたんだよ!」
と抑えられない興奮が込み上げてくるのを
全身でふつふつと感じました。
その日はご飯も食べず、
朝までその人のブログを見漁りました。
「ちゃんと見ればみるほど理屈が通ってる!」
そう確信できるくらいには、
何度も何度もそのブログを読み込んでました。
・超低資金で始められる
・パソコンかスマホさえあればできる
・つまり働く場所は自由
・隙間時間でもできる
・お金と時間の自由を両立できる
ネットビジネスをしてる人にとって、
これは夢でもなんでもなくて、
日常の出来事らしい。
会社員が1日8時間働くのが当たり前にように、
労働時間0で給料が月100万という
怪しい世界が当たり前にあるらしい。
ぼくは心で叫んだ。
いや、実際に叫んでたかもしれない。
これだ!!!
ぼくがずっと思い描いてたのは
こういう日常なんだ!!
いや、でもぼくになんかできるのか・・・?
でも、やってみたい。
絶対にやるんだ!!
本当の自由を手に入れるんだ!
そして勉強を始めたところ、
びっくりするくらいすぐに稼げました。
初収益を稼いだときの話は
ここで詳しく話しています。
学んで実践。これだけ。
当然、不安はありました。
でもいざ実践してわかったことは、
独立するくらいたいしたことないな
ということです。
自分の力でご飯を
食ってく程度の収入を得るのって。
生きてく分くらい自分で稼ぐのは
誰でもできる水準でした。
会社作って年商100億稼ぐのは、
センスや才能がいるかもしれません。
でも独立して月数十万稼いで、
好き勝手生きてくの誰でもできる。
本気を出せば一瞬でいける。
ぼくの場合は
ネットビジネスを知って1ヶ月でした。
これまでのぼくの人生を
見てもらうとわかりますが、
これまでどんな人生でも
ビジネスで稼ぐのに1ミリも関係ない
ということです。
年齢とか能力とかセンスとか
才能とか性別とか得手不得手とか、
全部関係ないです。
たとえ全く能力がなくても、
正しい知識を学んで実践すれば
誰でも成果は出ると思っています。
ぼくや周りの成功者を見ていると、
そう確信しています。
ネット起業家の日常
「おーい!」
起こされて目を開けると
視界の全てをエメラルドグリーンの海が覆った。
そうか、ぼくはバリに来てたんだった。
忙しそうに駆け回る就活生を見て、
目いっぱいに広がっている海辺で、
押し寄せる波と楽しそうに戦っていた。
幸福感が全身を包んでいく。
同級生のツイートが目に入った。
コイツと同じだったかもしれない。
仲間の元へ駆け寄ってサーフィンに加わった。
たった1回きりの人生。どう使うか真剣に考えようぜ。
ぼくはこれまでに
1000人以上の人と話してきました。
そして悲惨な人をたくさん見てきました。
毎日12時間労働で残業代をもらえない人、
真面目に40歳まで働いたのにリストラされた人、
ブラック企業で鬱病になった親友・・・
新婚で幸せの絶頂だったのに
部活の顧問になって離婚の危機になる先生・・・
こんな人をたくさん見てきて、、
もううんざりなんです。
たった1回きりの人生なのに、
みんな見えない鎖に縛られてました。
行きたくもない会社に毎日行って
うざい上司に頭を下げて
生きるのに最低限の給料を貰う。
満員電車にぎゅうぎゅうにおしこめられ、
吉野家や松屋でお腹を満たす。
体力や気力が擦り切れた定年退職後に、
やっと趣味や旅行に時間を使える人生。
生涯、自由になれない人生です。
一方で、びっくりするくらい
自由を謳歌してる人たちがいます。
タクシーで快適に移動し、
昼間からビール飲んでお寿司を食べる人たち。
のんびり昼間に起きて、
オシャレなカフェで仕事する。
平日の昼間からノリで
バリやハワイにいける人生。
どちらも1つの人生だけど、
どうしてみんな前者でいることに
なんの疑問も持たないんだろうと
不思議に思います。
ぼくは後者の生活をしていますが、
決して自慢したいわけではありません。
ネット起業家もネット起業家で集まるので、
こういう暮らしが至極当然なんです。
本当に普通なことので、
わざわざ話すまでもないくらいの感覚なんです。
でも、今になって思えば、
後者の人生を選べたのはたまたまでした。
運良く正しい方法を知ったから
これだけです。
不自由な生活をしてる人が
能力や才能がないわけではありません。
ただ「知らない」だけなんです。
だから、ぼくは自由になれる方法を
知って欲しくて発信活動を始めした。
ぼくの人生理念「人生の可能性を広げる」について
ぼくが生きてく上で
大事にしてる考え方があります。
それが、
「人生の可能性を広げる」というもの。
会社で働いてもいいし働かなくてもいい。
日本に住んでもいいしハワイに住んでもいい。
早起きしてもいいし昼に起きてもいい。
実業してもいいししなくてもいい。
ぼくの目の前には、
ワクワクする選択肢が無限に広がっています。
自分の人生を自由にデザインできる状態。
これが本当の意味で自由であり、
幸せな生き方だと思うんです。
多くの人は、
転職するかフリーターになるか。
大阪に住むか京都に住むか。
日勤か夜勤か。
貯金するかゲーム課金するか。
みたいな、ちっちゃい規模の
選択肢しかありません。
人によっては、
「定年まで働く」「ずっと大阪に住む」
というように、自分の人生が
1つだと思ってる人もいるかもしれません。
幸せならそれでいいと思います。
でもここまで読んでるあなたはきっと
どこか現状にモヤモヤしていて、
「このままじゃダメだ」と
薄々気づいてるはずです。
ぼくはまず、
自分が幸せにならないと他人を幸せにできない
と思っています。
常にイライラしてる親を見てそう思いましたね。
じゃあ幸せになるには
何が必要なのかと言うと、
「自分の力で稼ぐこと」
です。端的にこれだけです。
あなたが自分の力で稼げれば、
住む場所も、関わる人も、使う時間も、お金も
全て自分で決められます。
子どもの養育費を気にしなくてもよくなるし、
親に仕送りを送ってあげられるし、
困ってる友人がいたら助けてあげられる。
あなたの心に余裕ができれば、
パートナーや子どもや職場の人に
今より優しくなれるでしょう。
あなたが幸せになれば、
周りの人も幸せにできるんです。
自分の力で稼げれば、
自分の人生の可能性が広がるのはもちろん、
他人の人生の可能性も広げられます。
お金がなくて就職予定だった子どもが、
大学に行けるだけで可能性が広がりますよね。
家族との時間を大切にできてない人が、
家族サービスをたっぷりすれば
関係を良くできますよね。
家族の幸福度が上がります。
お金がなくて質素な老後を送ってる親に
豊かな暮らしをさせてあげられます。
だからまずあなたが、
幸せになる必要があるんです。
ぼくはこれはある種
義務とすら思っています。
大事な人を守るにも大切にするにも、
自分に力がないと何もできませんからね。
ビジネスを通して1人1人が自己実現できる未来へ
ネットビジネスの勉強を
してほしいと思っています。
でもビジネスってなんとなく
難しいイメージがあると思います。
ぼくも全く同じ気持ちでした。
でもぼくも初めは、
0どころかマイナスからのスタートでした。
人生でなに一つ挑戦したことがなく、
内気でメンタルが弱くて、
劣等感の塊のようなヤツだったんです。
パソコンも使ったことないし、
ビジネスの知識も0。
当然、人脈やお金もないし、
始めたころはめっちゃ忙しい時期。
大学の卒論と、内定先で研修、バイト、
これらとネットビジネスを両立してました。
でも知識にお金をかけて実践すれば、
超アッサリと成果が出ました。
やることはある程度決まってるので、
それを習得しただけです。
難易度は中高生でも
学べる難易度だと思います。
実際に今は、高校生で稼いでる人も
たくさん出てきてますしね。
とういかぼくにとっては、
高校の勉強のほうが難しく感じます笑
あなたもちょっと学べば、
「はっしーが言ってたのはこういうことか」と
わかってもらえると思います。
ぼくができたんだから、
誰でもちゃんとやればできます。
と、心から思ってるので、
もう少し踏み込んで学んでもらえたらと。
ブログでも学べるように設計してますが、
メルマガではより深く
生々しい話をしています。
ぼくがこれまでに1000万かけて得た、
知識、戦略、思考は全てメルマガに詰め込みました。
0から1を作るのはもちろん、
そこから月100万を最短最速で稼ぐ手順、
さらに毎月100万を自動化する方法など、
目から鱗のレアな情報を
これでもかと話しています。
興味があれば
こちらから見てみてください。
「今まで見た中で一番具体的でわかりやすかった!」
「読み物として面白い!」
「めちゃくちゃやる気になる!」
「初心者でもわかりやすい!」
とかなり好評で、
口コミで1500人以上の方に広まりました。
またメルマガ登録時に渡してる書籍で、
・ぼくが小5のときにバイクで家出した姉の話
・ぼくが大学1年のとき夜逃げした母の話
・マルチ商法にどっぷりハマった話
・なぜかマルチのリーダーになり日本2位になってしまった話
・収入が突然途絶え、なんとか起死回生した話
などなどけっこう面白い話をしています。
もちろん、具体的なビジネスの話も
ガッツリ学べるようになっています。
メルマガも書籍も今だけ無料なので、
気になったら早めにDLしておいてくださいね。
自分の人生を好きなようにデザインしよう
色んな人と話して気づいたのは、
人の悩みは
・お金
・時間
・人間関係
の3つに集約されます。
そして自分の力で稼ぐことができれば、
悩みは全て解消できることに気づきました。
お金があれば雇われなくていいし、
お金があれば時間を作れるし、
お金があれば嫌な人と関わらなくていい。
全部、稼ぐ力があれば解決できるんです。
仮にいま手元に10億円あったら、
今の会社で働き続けますか?
たぶん、続けないですよね。
「雇われる」以外の選択肢があれば、
あなただってやりたいことが
色々あるんじゃないですか?
お金と時間があれば、
やりたいことにチャレンジできます。
旅行が好きなら、
世界を旅しながらそれをブログにして
稼ぐこともできます。
まぁ頭に思う浮かぶことは
たいていできます。
国民の幸福度は先進国で最低レベルです。
珍しい国です。
ぼくにはなんとなくわかります。
目に見えない同調圧力があるからです。
少しでも変えたいと思っています。
大それたことはできません。
ぼくに出会ったほんの少しの人だけでも、
あなたの関わる何十人もの人を幸せにできます。
少しずつでも良い波及が起こると信じています。
コッソリ発信してるだけだけど、
成長したあなたと協力して、
ぼくが0から月300万稼ぐまでにしたことを
全て公開しています。
記念に漫画を書いてもらいました。
ぜひ読んでくれたら嬉しいです。
ありがとうございました。
無料でビジネスが学べる講座を配信しています
僕はビジネスを始めた初年度で
年商2000万以上を稼いでいます。
才能もなかったし何も取り柄がないことが
コンプレックスの人生を送ってきました。
今まで何も努力をしてこなかったし、
家も貧乏で友達も少ない、
本当にどうしようもないやつでした。
そんな僕が就職から逃れるために
ビジネスを始めたところ、
初月で30万円を稼ぎ
ビジネス1本で食っていけるようになりました、
ちょっと稼いで調子乗って
ダラダラしてしまったこともありますが、
今はビジネスに本気で取り組み、
戦略の立て方や
億万長者の思考法
お客さんに喜んでもらえるマーケティング
などを学び、
一生食っていけるスキルを
身につけることができました。
そんな経験から、
きちんと思考や知識を身につければば
誰でも起業家として思い通りの人生を
デザインできると確信しています。
僕の今年の目標は
「起業家を100人増やす」
というもので、
自分の作った仕組みだけで
食っていけるようになる人を
たくさん輩出したいと本気で思っています。
そうすると現状に不満を持つ人が減り
夢や希望に満ち溢れた人が増え
日本がもっと活気付くと思っているからです。
何よりもそんな仲間を増やして
世界中を飛び回れたら楽しいだろうな、と
今のうちからワクワクしています。
その思いから、
僕がどんな経緯をたどって
ビジネスで食っていけるようなったのか、
またあなたが今後どうすれば
ビジネス1本で生計を立てられるようになったのか、
自分の力だけで生きていくことができるのかを、
電子書籍の中で書いています。
メールアドレスを入力するだけで受け取れます。
感想を送ってくれた方には
ささやかながら、
プレゼントも用意していますので
ぜひ受け取ってみてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。